有機オタが非オタの彼女に有機世界を軽く紹介するのための10人名反応

まあ、どのくらいの数の有機オタがそういう彼女をゲットできるかは別にして、
「オタではまったくないんだが、しかし自分のオタ趣味を肯定的に黙認してくれて、その上で全く知らない有機化学の世界とはなんなのか、ちょっとだけ好奇心持ってる」ような、ヲタの都合のいい妄想の中に出てきそうな彼女に、有機化学のことを紹介するために見せるべき10人名反応を選んでみたいのだけれど。(要は「脱オタクファッションガイド」の正反対版だな。彼女に有機化学を布教するのではなく相互のコミュニケーションの入口として)
あくまで「入口」なので、時間的に過大な負担を伴うマニアックな人名反応は避けたい。できれば教科書に出てる人名反応、少なくともマクマリーにとどめたい。あと、いくら有機的に基礎といっても古びを感じすぎるものは避けたい。有機化学好きが『Brown Hydroboration』は外せないと言っても、それはちょっとさすがになあ、と思う。
そういう感じ。
彼女の設定は

  • 化学知識はいわゆる「有機化学の教科書」的なものを除けば、大学教養程度の化学は知ってる
  • サブカル度も低いが、頭はけっこう良い

という条件で。
まずは俺的に。出した順番は実質的には意味がない。

Suzuki-Miyauraカップリング

Suzuki-Miyauraカップリング
まあ、いきなりかよとも思うけれど、「Suzuki-Miyauraカップリング以前」を濃縮しきっていて、「Suzuki-Miyauraカップリング以後」を決定づけたという点では、外せないんだよなあ。知名度もあるし。
ただ、ここでオタトーク全開にしてしまうと、彼女との関係が崩れるかも。
情報過多なクロスカップリングの開発経歴の数々について、特にパラジウムが酸化的付加し、還元的脱離をするという事実について、どれだけさらりと、嫌味にならず濃すぎず、それでいて必要最小限の情報を彼女に伝えられるかということは、オタ側の「真のコミュニケーション能力」の試験としてはいいタスクだろうと思う。

Cope転位、Claisen転位

Cope転位Claisen転位
アレって典型的な「オタクが考える一般人に受け入れられそうな人名反応(そうオタクが思い込んでいるだけ。実際は全然受け入れられない)」そのものという意見には半分賛成・半分反対なのだけれど、それを彼女にぶつけて確かめてみるには一番よさそうな人名反応なんじゃないのかな。
有機オタとしては、フロンティア軌道論に基づいたCope転位とClaisen転位を始めとするペリ環状反応は"常識"としていいと思うんだけど率直に言ってどう?」って。

Sharpless Assymmetric Dihydroxylation

Sharpless Assymmetric Dihydroxylation
ある種の全合成オタが持ってる有機化合物の不斉全合成への憧憬と、一方で>99% eeが必ずしも出ないし、時間がかかると唱えるオタ的な有機へのこだわりを彼女に紹介するという意味ではいいなと思うのと、それに加えていかにも最近の合成化学的な

  • 不斉触媒である(DHQD)2PHAL
  • 猛毒でありながら非常に有用なオレフィンのジヒドロキシル化反応剤であるOsO4

の二つをはじめとして、オタ好きのする触媒を反応剤にちりばめているのが、紹介してみたい理由。

Baeyer-Villiger反応(転位・酸化)

Baeyer-Villiger反応(転位・酸化)
たぶんこれを見た彼女は「エステルだよね」と言ってくれるかもしれないが、そこが狙いといえば狙い。
これほどの反応がその後続いていないこと、アメリカでは、Novel Cage Oxaheterocyclesの合成に用いられ、それが日本に輸出されてもおかしくはなさそうなのに、日本国内ではこういう反応生まれないこと、なんかを非オタ彼女と話してみたいかな、という妄想的願望。

Horner-Wadsworth-Emmons Olefination

Horner-Wadsworth-Emmons Olefination
「やっぱり人名反応は合成のためのものだよね」という話になったときに、そこで選ぶのは「Beckmann転位」でもいいのだけれど、そこでこっちを選んだのは、この人名反応の反応剤が好きだから。
断腸の思いでエコロジーな物質を使って、それでもリンが外せないのが、どうしても俺の心をつかんでしまうのは、その「有毒性」ということへの諦めきれなさがいかにも有機反応的だなあと思えてしまうから。
リンの有毒性を俺自身は冗長とは思わないし、そこまで危なくないだろうとは思うけれど、一方でこれが金属だったらきっちり有毒にしてしまうだろうとも思う。
なのに、各所に頭下げて迷惑かけて有毒になってしまう、というあたり、どうしても「自分を形作っている有毒性が捨てられない物質」としては、たとえHorner-Wadsworth-Emmons Olefinationがそういう反応でなかったとしても、親近感を禁じ得ない。Horner-Wadsworth-Emmons Olefination自体のカルボニルからオレフィンを形成する有用性と合わせて、そんなことを彼女に話してみたい。

Cannizzaro反応

Cannizzaro反応
今の若年層でCannizzaro反応を使った事がある人はそんなにいないと思うのだけれど、だから紹介してみたい。
ヒドリド還元剤よりも前の段階で、ヒドリド還元剤の取り扱う哲学や反応性はこの反応で頂点に達していたとも言えて、こういうクオリティの反応がまともな塩基がなかった時代に生まれていたんだよ、というのは、別に俺自身がなんらそこに貢献してなくとも、なんとなく有機化学好きとしては不思議に誇らしいし、いわゆる合成的な形でしか化学を知らない彼女には見せてあげたいなと思う。

Meerwein-ponndorf-verley反応

Meerwein-ponndorf-verley反応
遷移金属の「テンプレート効果」あるいは「IPAによるエコロジーな反応」をオタとして教えたい、というお節介焼きから見せる、ということではなくて。
「遷移金属が非常に有用である」的な感覚がオタには共通してあるのかなということを感じていて、だからこそ最近の合成的に良く使われる反応は遷移金属なしではあり得なかったとも思う。
「遷移金属が合成的に有用」というオタの感覚が今日さらに強まっているとするなら、その「オタクの気分」の源は遷移金属にあったんじゃないか、という、そんな理屈はかけらも口にせずに、単純に楽しんでもらえるかどうかを見てみたい。

Grignard反応

Grignard反応
これは地雷だよなあ。地雷が火を噴くか否か、そこのスリルを味わってみたいなあ。
こういう有機金属試薬を禁水条件で使って、それが非オタに受け入れられるか気持ち悪さを誘発するか、というのを見てみたい。

Wacker酸化

Wacker酸化
9つまではあっさり決まったんだけど10こめは空白でもいいかな、などと思いつつ、便宜的にWacker酸化を選んだ。
Suzuki-Miyauraカップリングから始まってWacker酸化で終わるのもそれなりに収まりはいいだろうし、合成化学以降のパラジウム触媒反応の先駆けとなった反応でもあるし、紹介する価値はあるのだろうけど、もっと他にいい反応がありそうな気もする。
というわけで、俺のこういう意図にそって、もっといい10個めはこんなのどうよ、というのがあったら教えてください。
「駄目だこの増田は。俺がちゃんとしたリストを作ってやる」というのは大歓迎。
こういう試みそのものに関する意見も聞けたら嬉しい。


10個は疲れるなこれ…。穴だらけだわ。そういう意味では元増田すげえな…。
Birch還元とかFriedel-Crafts反応とかFavorskii転位あたりを入れたかったが入らなかった。
あとNoyori Asymmetric HydrogenationMukaiyama Aldol反応も入れたかった。


参考図書:Strategic Applications Of Named Reactions In Organic Synthesis: Background And Detailed Mechanics: 250 Named Reactions